災コラム

防災士や編集スタッフによる
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小学生の防災対策|東日本大震災を経験した私が伝えたい親子の備え

2026/02/13

(Photo AC)

過去に幾度も大きな地震が私たちを襲ってきました。そして今も、「いつ巨大地震が起きてもおかしくない」と言われています。

それでもどこかで「自分の地域は大丈夫」「まだ準備していないけど、そのうち…」と思ってしまうことはありませんか?

私自身もそうでした。ですが、東日本大震災を小学生の時に経験したあの日、“備え”があるかどうかで心の余裕が全く違うことを痛感しました。

この記事では、その体験をもとにどのような不安があったか、どうするべきだったかなど、親子でできる防災対策をまとめています。

少しでも多くの方が、今日から一歩を踏み出すきっかけになりますように。

小学生の頃に体験した防災

(Photo AC)

「もしも今、大きな地震が来たらどうする?」この質問に、私は即座に答えられます。今、防災準備ができているのは、小学4年生のときの体験がきっかけでした。

初めての大災害

当時小学4年生だった私は、学校で帰りのホームルーム中でした。突然、教室全体にドーンっという衝撃が起こりました。明らかにいつもの地震の揺れではない感覚でした。その後ぐらぐらと大きく揺れ、教室中がざわめきに包まれました。

震源地から約330km程離れていたものの、震度5強。すぐに机の下に隠れ、揺れが収まるのをじっと待ちました。心臓がドキドキして、友達の泣き声も聞こえてきます。

揺れが収まるとすぐに先生の指示で校庭へ避難し、全校生徒の安否確認をしました。保護者のお迎えを待つ中、共働きの家庭だった私は、お迎えがなく集団下校で帰ることになりました。

家に着くと、目の前に広がっていたのは、まるで別の世界のような光景。棚は倒れ、花瓶やガラスの破片が床一面に散らばり、水びたしになっていました。マンションの11階は大きく揺れたようで、部屋の中はぐちゃぐちゃ。言葉を失うほどの衝撃でした。

そのときまた、余震が。恐怖でいても立ってもいられず、私は思わず外へ飛び出しました。
偶然通りかかった住民の方が声をかけてくださり、近くの知り合いの家に避難。両親が帰ってくるまで、そこの家でお世話になりました。

外の街もいつもとはまったく違っていました。道路は液状化でデコボコに波打ち、塀やフェンスが倒れている。普段見慣れた町並みが、まるで壊れたジオラマのように感じたのを覚えています。

自宅が少し落ち着いた頃に家へ戻り、家族で片付けをしました。
怖さと安心が入り混じる中で、「もう二度と同じことが起きませんように」と、小さな心で強く願っていました。

当時の気持ち

(イラストAC)

一番怖かったことは、一人になってしまったことです。学校にいたときは、たくさんの人がいて、みんな無事で安心していました。

しかし、家に着いたとたん散らかった部屋の中で余震が起こり、「この後どうなってしまうのだろう」と急に恐怖が襲ってきました。

知り合いの家で人に会えたときは、安心して涙が出たことを今でもよく覚えています。

また、一人のときに肌身離さず持っていたのが防災頭巾です。「地震が起こったら防災頭巾!」と学校の避難訓練でもよく教えられていたからか「防災頭巾をかぶっていれば何とかなるのではないか」と気休めのように感じて、防災頭巾をしっかりとかぶっていました。たったひとつの防災頭巾が、少しの安心材料になっていました。

振り返ってみると、学校での避難訓練以外には防災の準備をほとんどしていなかったため、あの時あんなにも心細い思いをしたのだと、今では反省しています。

小学生目線で感じた防災の大切さ

(Photo AC)

災害を実際に経験したことで、「防災」という言葉の重みを初めて実感しました。大人のように冷静な判断はできなくても、子どもなりに”何が怖くて、何が安心だったか”は今でも鮮明に覚えています。

その体験を通して、子ども目線だからこそ見える防災の大切さを感じました。

不安を和らげた瞬間や工夫

地震のあと、学校ではみんなが防災頭巾をかぶって集まっていました。一人になった時も、ずっとつけ続けていました。そのときに感じたのは、頭巾に包まれている安心感でした。頭を守るだけでなく、ふんわりとした布に包まれることで、少しだけ心が落ち着いたのを覚えています。

そして何よりも不安を和らげてくれたのは”人の存在”でした。友達と一緒にいること、知っている人がそばにいてくれること。それだけで怖さが少し和らぎました。一人じゃないということが、どれほど心強かったか。

だからこそ、災害時には子どもを一人にしない、孤立させない工夫が何より大切だと感じます。家族が離れている時でも「お父さんもお母さんも必ず迎えに来るよ」「それまでは先生や友達と一緒にいようね」と事前に伝えておくだけで、子どもの心の支えになるはずです。

あの時準備しておけばよかったこと

今振り返って一番後悔しているのは、「災害が起きた時に自分がどう行動すべきか」を明確に理解していなかったことです。

集団下校をするべきか、学校に残るべきか。誰かが迎えに来るまで待つべきか、自分で判断して動くべきか。あの時の私には、その判断基準がありませんでした。もし事前に「家に誰もいない時は学校で待機」というルールを親と決めていたら、迷わず行動できたはずです。

子どもだって、明確な指針があれば自分で考え、判断し、動けるのです。だからこそ、親子で「もしもの時のルール」を具体的に決めておくことをおすすめします。「学校にいる時は学校で待つ」「家に誰もいなかったら知り合いを頼る」「家に帰ったら玄関にメモを貼る」など、シンプルで分かりやすい約束事が、子どもに自信と安心を与えてくれるはずです。

親子でできる防災対策

(ソコスト)

これらの体験談をもとに、親子でぜひ一緒に確認してほしい防災対策を紹介します。

家族と避難場所や連絡方法を話し合う

防災で最も大切なのは、家族で事前に話し合っておくことです。「地震が起きた時、お父さんは職場、お母さんは買い物、あなたは学校にいたら、どこで会う?」こんな会話を食卓で気軽にしてみてください。

共働き家庭であれば、仕事中に災害が起こった場合、つまり子どものそばへすぐに駆けつけられない状況を想定して徹底的に話し合っておくことを強くおすすめします。

私の場合、学校にいる時に両親の迎えが来なかったため、迎えがない組で集団下校をしました。しかし今思えば、それは間違いでした。家に誰もいないのであれば、何があっても学校にとどまり、誰かと一緒にいるべきだったのです。

災害時にどのように合流するかを決めていなかったため、プチパニックになり冷静に対応できませんでした。

現在は学校ごとに様々な対策がとられているので、”うちの学校ではどういう対応なのか”を親子で一緒に確認しておくことが非常に大切です。

また、電話が繋がらない時のために、災害用伝言ダイヤル(171)の使い方を一緒に練習しておくことも効果的です。実際に体験してみることで、子どもも「自分にもできる」という自信を持てます。

防災リュックをはじめとする家での備え

自宅がシェルターになる可能性もあるため、その場合も想定して準備できれば理想的です。しかしここで私がお伝えしたいのは、なによりも「子ども用の防災セット」を用意しておくことです。

”これさえ持っておけば大丈夫”というものをリュックなどにまとめておきましょう。例えば、懐中電灯、飴やチョコレート、絆創膏、ホイッスル、小さなメモ帳と鉛筆など、子どもが自分で持てる重さで十分です。大切なのは「自分の荷物」という意識を持たせることです。

さらに、リュックの中に家族の写真や好きなキャラクターのハンカチなど、不安な時に心を落ち着かせられるものを入れておくのもおすすめです。私自身、あの時お気に入りのぬいぐるみが手元にあったら、どんなに心強かっただろうと思います。

避難訓練に真剣に向き合う

学校の避難訓練を「面倒くさい」と思っていませんか?実は、あの訓練こそが本当に災害が起きた時の命綱になります。私自身、訓練で習った「机の下に入る」という行動が、とっさの判断として体を動かしてくれました。

家庭でも、年に1回は「今地震が来たらどうする?」とシミュレーションしてみてください。夜寝ている時、お風呂に入っている時、それぞれの場面で何をすべきか、親子で考えることが大切です。

まとめ

(photo AC)

あの日から何年も経った今、小学生だった私が学んだ最も大きなことは、「防災は大人だけのものではない」ということです。

確かに親が子どもを守ることは大切です。でも同時に、子ども自身も「自分の身は自分で守る」という意識を持ち、できる範囲で備えることが、いざという時の安心と行動力につながります。

最後に、親子で今すぐできる備えを簡単にリストアップしました。

  • □家族全員で避難場所や連絡方法を話し合っておく
  • □学校の災害時の対応ルールを確認する
  • □子ども用の防災リュックを準備する
  • □災害用伝言ダイヤル(171)の使い方を練習する
  • □学校や家庭での避難訓練を真剣に取り組む
  • □夜・入浴中・外出中など様々な状況での行動をシミュレーションする

防災は難しいことではありません。家族で話し合う、一緒に準備する、訓練を真剣に受ける。そんな小さな積み重ねが、大切な命を守ることにつながります。今日の夕食後、ぜひ家族で「もしも」の話をしてみてください。その10分の会話が、いつか家族全員を守る力になるはずです。

堀 友花さん

堀 友花(ほり ゆか)

東日本大震災を小学生の時に経験しました。子どもだったからこそ感じた恐怖や気づきを今も大切に記憶しています。現在はタクシー乗務員・ライターとして活動中です。当時の教訓を胸に、いつ来るかわからない災害への備えの大切さを発信しています。