災コラム

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【熊本地震体験談】震災時に必要だった心構えとは?日頃からできる防災対策を解説

2026/05/15

揺れの大小に関係なく、最近ではニュースで速報があったり、スマートフォンの防災通知がなったりと、常に地震と隣り合わせになりました。
実際に震度2や4と言われても、ピンとこない方が多いのではないでしょうか?
私は実際に熊本で2016年4月14日の21時ごろ(正確には21時26分以降)と2016年4月16日の未明に大きな地震を経験しています。
その経験を少しでも皆様に知って頂きたく、当時の経験をお話したいと思います。
少しでも皆様の防災意識に繋がれば幸いでございます。

2016年4月14日 一回目の地震

当時私はいつも通り2階で仕事をしていました。
その時に【ドン】という音が聞こえてきたのですが、誰か花火でもしているのかなと気にしていませんでした。
当時はスマートフォンの防災通知はなかったので、まさか大きな揺れの前触れとは思いませんでした。
大きな音がなった後、1〜2分後だったと思うのですが、激しい横揺れが発生しました。
地震の時は、机の下に隠れるようにと小さいころから教えてもらっていたのですが、無理です。
揺れが激しすぎて、立っていられるように自分を支えるので精いっぱいです。
特に2階だったせいなのか、当時は横揺れをひどく感じました。

2分くらいの揺れでも2階の事務所はめちゃくちゃ

体感として、2分ないくらいの揺れだったと記憶しています。
置時計は21時で止まっていたので、正確な揺れ時間はわかりません。

まずは仕事場の2階の写真です。
上にあった蛍光灯や周りの書類などが散らかった状態でした。
上の方はすでに亀裂が入っていました。
リフォーム時に工務店の方に聞いたのですが、見えているところだけではなく、裏側の木材などにも亀裂が入っていたとのことでした。
2階の事務所の外側は悲惨なものでした。
外壁がはがれており、瓦も落ちていました。

1階はさらに悲惨

1階は2階と違い生活スペースということもあり、さらに悲惨な状態でした。

とても暮らせる状態ではありませんでした。
この当時、混乱していて全ては取れていないのですが、奥にある台所は、食器棚や冷蔵庫が倒れており、冷蔵庫は機能していないため、中に入っている食材が腐ってしまいました。
裏戸からは当然ながら、冷蔵庫などが倒れており、入ることはできませんでした。

生活はとてもできない

1回目の地震ではほぼ生活ができない状態でした。
冷蔵庫は使えない、台所は使えない、電気や水道は使えないで、途方に暮れるばかりでした。

お風呂も底抜けになり、仮にお湯が使えても入れる状態ではありませんでした。

2016年4月16日 未明の本震

2016年4月14日に起こった地震は強く、私はこれが本震だと思っていました。
そのため、あとは余震が起こるかもしれないので気を付けていました。
そこで、役に立った知識がありました。
それは、「地震が起こったら、落ち着き次第すぐに周りに何もないところに逃げなさい」です。
本震が来ると予想していたわけではないのですが、とにかく家族とともに開けた場所に逃げてそこで1週間過ごすことを決めました。
4月15日は状態を知るために周りを確認して疲れたので、そのまま夜はゆっくり寝ていたのですが、4月16日朝1時頃だったかと思いますが、とんでもない揺れが起こりました。
4月14日とは比べ物にならないくらいです。

本震と言われる揺れで家は再起不能

当時揺れが収まってから、4月16日の朝9時だったと思うのですが、明るくなってから家に戻ってみると唖然としました。

1回目の揺れで落ちていなかった窓ガラスが落ちるなど、雨風もしのげない状態でした。
当然ながら瓦は全て落ちていました。
そのため、雨が降ると雨漏りがする状態でした。
この状態をみてから、家にしばらく戻れないと覚悟をしました。
2階の壁は完全に剥がれ落ちて、瓦も1回目よりほぼ落ちていました。

震災後は知り合いのところで生活

震災が起こると県や市が仮設住宅の手配などをし始め、対象者を抽選で選ぶのですが、人数が多く1カ月ではどうにもならない状態でした。
そのため、知り合いのところにいってお世話になるか、震災が起こった場所から離れたところで生活するしかありません。
私も当時、自分の住む家で頑張ろうと考えたのですが、ライフラインは止まっていますし、生活できるような家の状態ではないため、その選択肢はなくなりました。

震災を意識した生活で必要なこと

今回は震災当時の経験者として、必要なことを皆様に伝えられたらと思います。
震災は予想できないうえに時間や場所を選んでくれません。
そうなると、いつ起こってもいいようにある程度震災が起こる前にどういうことがあるのかを把握して準備しておくことが重要です。
その点を経験者の視点から語ります。

水を確保

大きな地震が起こると断水することがほとんどのため、生活用水、飲み水の2点に悩まされます。
生活用水はお風呂に水をためる習慣をつけることで3日くらいはしのげると思います。
お風呂に入った後、最低翌日のお昼まではそのままにしておくなど、ちょっと意識するだけで対応できます。
飲み水は、1.5ℓの天然水のペットボトルを箱買いで持っておくといいと思います。
一般的に未開封であれば約2年は持つとされています。
私は当時この意識を持っていなかったため、水の確保に焦りました。
近くに住んでいる方も断水していますし、お店に行っても売り切れが多く、自衛隊の方が設ける給水場を探すしかありませんでした。

ブルーシートを用意

私の場合、瓦だったということもありますが、現在はサイディングが主流となっており、屋根が全て落ちるということはないと思いますが、揺れが強いとそうもいっていられません。
そのため、ブルーシートが必要です。
もしですが、屋根がはがれた状態で過ごしていると、リフォームではなく新築にしないといけなくなる可能性もあるそうです。
そうなると費用もそうですが、震災時は工務店も対応に追われているため、復興するまでに1年以上かかる可能性もあります。

このような感じでブルーシートを持っているだけでも家の劣化を防げます。

簡易コンロや非常食

震災当時は、お店も空いていないですし、周りの方も混乱状態です。
私の経験上、震災後1週間は落ち着くまで時間がかかるため、自分自身でどうにか乗り切らなければなりません。
そのため、調理用具や非常食などは必要です。

ポータブル電源

断水だけではなく、電気も使えないため、ポータブル電源が欠かせません。
スマートフォンやタブレットやパソコンなど、連絡手段があっても電気がなければ使えなくなります。
そのため、ポータブル電源を充電した状態で確保しておくと、使用したい端末の充電はもちろんですが、明かりをつけるための電気にも使えます。

震災時にも倒れないように簡易倉庫をつくる

震災時に備えておくと便利なものを用意していても、実際に揺れが起こるとがれきに埋もれたり、取りにも行けなかったりする状態になります。
そのため、地震時にも安心できる簡易倉庫を作ることをおすすめします。
DIYであれば、費用もそこまでかけず、作れますので、あわせて用意されることをおすすめします。

震災前に対応してほしいこと

震災を意識した生活で必要なことは説明しましたが、こちらは生活をしていくうえで必要なことになります。
今後を考えると、こちらだけでは足りません。
こちらを意識しておくと、今後の生活に結びつきます。

写真を撮る癖をつける

震災に関わらず、事件や事故でも証拠を残すために写真を残すことが多いと思うのですが、震災時は今からの生活のことや目の前に起こっている現実を受け入れられず、混乱してしまいます。
そして、すぐに片づけをしたり、生活ができるようにしたりされる方が多いのですが、こちらは国からの【被災者生活再建支援制度】が受けられなくなる可能性があります。
半壊と大規模半壊ではもらえる支援金も変わってくるため、きちんと現状を写真に残すという癖をつけることが欠かせません。
こちらは、震災に対応している火災保険の支払いを受けるためにも必要なことになります。
これは今というよりは、これからに率直することなので、必ず写真をとる癖をつけましょう。

工務店との付き合いを大切にする

震災当時は工務店も混乱しており、いろいろな人から依頼が来ることもあり、復興したいと思ったときに対応してもらえない可能性があります。
私の場合、知り合いの工務店と付き合いがあり、震災後2週間でリフォームの対応をしてくれました。
これは異例の速さで1カ月かからず、リフォームを対応してもらい、震災後2カ月には家に戻ることができました。
ただ、工務店に作業をしてもらうにあたり、国や県が設けている制度を受けるための罹災証明の発行手続きをする必要があります。
そうしないと、必要な制度を受けられない可能性が出てきます。

インターネット回線を使用した連絡手段の確保

震災当時、私の場合は電話回線が使えませんでした。
その中で使えたのがLINEです。
LINEで県外の人に状況を聞くなどしていて、状況を把握できました。
この時に、震度7クラスの地震が起こっていたことも知りました。
震災が起こるとほとんどの手段が使えなくなり、情報を知る手段がなくなります。
そのため、日頃から県外の人とLINEなどを通じて交流があるといざという時に助かります。

体力をつけておく

震災時は片付けや書類の作成などに追われて、思ったよりも体力を消耗します。
私の場合は日頃から走っていたので、苦にはなりませんでしたが、他の方は片付けだけで精一杯になり、書類提出ができないなどいろいろなことが起こっていました。
2週間ぐらいするとボランティアの方に助けてもらったり、手続きをしてもらったりすることもありますが、それまでは自分たちでどうにかしないといけません。
そのため、日頃から軽い運動などをして体力をつけることをおすすめします。

【まとめ】ひとりがみんなのために、みんながひとりのために

当時熊本では、お互い様や「ひとりがみんなのために、みんながひとりのために」という言葉がみんなの中に芽生えました。
いろいろと経験者として知ってもらいたいこと、対策してほしいことを説明しましたが、一番重要なの重要なのは苦しい時こそ、たくさんの人と繫がり、助け合うことだと思います。
震災当時は自身の身を第一に行動した後は、周りの人と協力して現状を乗りきってほしいです。
星原陽平さん

星原陽平

WEBディレクター
熊本県熊本市南区在住

2016年熊本市震災を経験したあと、仕事ができない人ができるようにと熊本震災の恩返しも含めて本格的に『自分らしい働き方をサポート』として独立

2020年株式会社の総合ディレクターも兼業

2022年メンバー60名を抱えるチームへと成長